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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)6463号 判決

原告(反訴被告)

渡辺和男

右訴訟代理人弁護士

梶谷哲夫

被告(反訴原告)

株式会社ミニジューク大阪

右代表者代表取締役

浜崎巖

右訴訟代理人弁護士

細川喜信

的場智子

主文

1  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金三〇一万四六七六円及びこれに対する昭和五七年四月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金三二六万三九九八円及びこれに対する昭和五七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを二分し、その一を被告(反訴原告)の、その余を原告(反訴被告)の各負担とする。

5  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

(主位的)

1 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金三四六万三〇七九円及びこれに対する昭和五七年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

2 被告は、原告に対し、金三二六万〇八九九円及びこれに対する昭和五七年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、金三三〇万三七二五円及びこれに対する昭和五七年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  反訴請求の趣旨

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴請求関係)

一  請求原因

1 被告は、カラオケ、ジュークボックス等(以下「機械」という。)の販売及びリース等を業とする株式会社であり、原告は、昭和四八年一月二二日被告に雇用され、右販売及びリース等の契約をなすセールスマンをしていたが、昭和五七年三月六日退職した。

2 被告には、労使間において、遅くとも昭和四六年ころに、勤続三年以上の従業員に対し、退職半年前の平均給与額を基礎に別紙(一)記載の退職金支給基準により算定した額の退職金を支払う旨の取決め(以下「本件退職金支給約定」という。)があり、これは、原被告間の雇用契約の内容となっていたものであるから、原告は、被告に対し、本件退職金支給約定に基づき、以下のとおりの額の退職金請求権を有する。

すなわち、原告の退職半年前の月収額は、昭和五六年九月分が四四万八〇〇一円、同年一〇月分が六七万八九九六円、同年一一月分が四〇万七六二三円、同年一二月分が五二万一五五〇円、昭和五七年一月分が三一万一三七〇円、同年二月分が二八万八四〇〇円であったから、その平均月収額は四四万二六五六円であり、原告の勤続年数は昭和四八年一月二二日から昭和五七年三月六日までの九年二か月(一一〇か月)である。したがって、これらを別紙(一)記載の支給基準にあてはめて計算すると、原告の退職金額は、次のとおり、三四九万五七七五円となる。{442656×(9-1+0.2)}+{442656×(9-1+0.2)×2/110}-200000≒3495775

3 仮に本件退職金支給約定が認められないとしても、被告には、昭和四八年一月一日実施の退職金支給規定(以下「本件退職金規定」という。)があり、原告は、これに基づき、被告に対し、以下のとおりの額の退職金請求権を有する。

すなわち、本件退職金規定によれば、原告ら営業社員に対する退職金額は、退職半年前の平均月収に勤続年数に対応する所定の支給率を乗じた金額であるところ、前記のとおり、原告の退職半年前の平均月収額は四四万二六五六円であり、勤続年数は九年二か月であるから、この勤続年数に対応する支給率は七・二プラス一二分の二となる。したがって、これらをもとに算定すると、原告の退職金額は、次のとおり三二六万〇八九九円となる。

442656×(7.2+2/12)≒3260899

よって、原告は、被告に対し、主位的に本件退職金支給約定に基づき退職金三四六万三〇七九円及びこれに対する退職の日の翌日である昭和五七年三月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に本件退職金規定に基づき退職金三二六万〇八九九円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告の勤続年数が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実のうち、被告に本件退職金規定が存すること、本件退職金規定によれば、原告ら営業社員に対する退職金額は、退職半年前の平均月収に勤続年数に対応する所定の支給率を乗じた金額とされること、原告の勤続年数及びこれに対応する支給率が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件退職金規定にいう退職半年前の平均月収とは、毎月の給与のうちの基本給、売上歩合、奨励金の合計額の月平均額である。

三  抗弁

原告には、次のとおり、被告の就業規則三三条に該当する不正行為があったので、被告は、昭和五七年三月六日、同規則三四条五号により原告を懲戒解雇処分に付した。したがって、原告は、被告に対し、退職金請求権を有しない。

1 原告は、被告のセールスマンとして、被告の扱っている機械を販売、リースすべき義務があるのに、昭和五六年一二月中ころから、被告の取引先である「ボトルバンク」、「プラザ」、「佐野」、「チコ」、「司祝」、「つくし」の六軒につき、被告の扱っている機械に代えて他社の扱っている機械を販売、リースした。

2 被告は、原告らセールスマンの従業員に対し、基本給の他に歩合給制度を採用している。そして、右歩合給制度には、リース機械の持台数が一三一台以上で、かつ、一定以上の売上げがあるセールスマンに対し、別紙(二)記載の支給歩合率の特別(割増)歩合給を支給する制度がある。

しかるところ、原告は、次のとおり、右持台数の要件を満たすため、実際には機械をリースしていないか、リースしていても売上げが全くないのに架空のリース機械の売上げを被告に申告して、在職中に別紙(三)(略)の歩合給支給一覧表中「減歩合額」欄記載のとおり合計二九八万五八四五円の歩合給を不正に受給した。

(一) 取引先「おふくろ」に関する虚偽申告

原告は、右「おふくろ」に対し、昭和五五年四月一日から昭和五七年二月二八日までの間機械をリースし売上げがあったと被告に申告したが、実際には右の経営者は、昭和五五年一月に病気入院し、同年四月一日より閉店しているので、同年四月一日以降リース機械を使用しておらず、売上げはなかったものである。

(二) 取引先「サワン」に関する虚偽申告

原告は、右「サワン」に対し、昭和五五年一〇月一日から昭和五七年一月三一日までの間機械をリースし売上げがあったと被告に申告したが、右「サワン」は、昭和五五年九月にカラオケを購入し、被告との間のリース契約を解除しているから、右以降被告から機械のリースを受けていないことになり、売上げはなかったものである。

(三) 取引先「ほり江」に関する虚偽申告

原告は、右「ほり江」に対し、昭和五五年四月一日から昭和五七年一月二日までの間機械をリースし売上げがあったと被告に申告したが、右期間中「ほり江」は経営者が入院加療中で、リース機械を使用していなかったから、売上げはなかったものである。

(四) 取引先「マチ子」に関する虚偽申告

原告は、右「マチ子」に対し、昭和五五年一二月一五日から昭和五六年一二月八日までの間機械をリースし売上げがあったと被告に申告したが、右期間中「マチ子」は経営者が他に勤めに出ていて閉店同様の状態にあり、リース機械を使用していなかったから、売上げはなかったものである。

(五) 取引先「静」に関する虚偽申告

原告は、右「静」に対し、昭和五六年八月から同年一二月まで機械をリースし売上げがあったと被告に申告したが、右期間中「静」は経営者が帰郷のため閉店していたから、リース機械を使用しておらず、売上げはなかったものである。

3 原告は、前記2のとおり、虚偽申告による特別歩合給不正受給の結果、昭和五六年度中の賞与についても合計二七万八二〇〇円を不正に受給した。

4 原告は、被告の取引先「おとし」から売上金一万七八八〇円、「サワン」から売上金三万七六〇〇円を集金しているのに被告に入金せず、合計五万五四八〇円を着服横領した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁冒頭の事実は否認する。原告は、懲戒解雇により被告を退職したものではなく、任意退職したものである。

2 同1の事実のうち、原告が被告のセールスマンであったこと、「ボトルバンク」、「プラザ」、「佐野」、「チコ」、「司祝」の機械が、昭和五六年一二月中ころ、被告のリースしているものから他社のものに変更されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右の五軒は、かねてより被告のリースする機械に不満を持っており、昭和五六年一二月中ころ、原告の説得にもかかわらず、被告とのリース契約の解除を原告に迫ったため、原告としてもやむを得ず他社製品のリース先を紹介したというのが前記変更の理由であって、原告には何ら義務違反はないし、右変更をもって不当と評することもできない。

3 同2の事実のうち、被告が原告らセールスマンの従業員に対し歩合給制度を採用していることは認め、原告が特別歩合給二九八万五八四五円を不正に受給したことは否認し、その余の事実は不知。なお、被告においては、セールスマンが特別歩合給支給の要件たるリース機械の規定持台数を維持するため、自らの費用を休業している店舗のリース機械の売上げとして被告に申告入金する方法が慣行として黙認されていたばかりか、積極的に慫慂されていたものであって、右方法をもって特別歩合給の不正受給ととは評し得ないものである。

4 同3及び4の事実は否認する。

(反訴請求関係)

一  反訴請求原因

1 本訴抗弁2のとおり

2 同3のとおり

3 同4のとおり

よって、被告は、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金三三〇万三七二五円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年三月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する認否

反訴請求原因1ないし3に対する認否は本訴抗弁2ないし4に対する認否のとおり

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

第一本訴請求関係

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで次に請求原因2について検討する。

原告は、被告には労使間において遅くとも昭和四六年ころに本件退職金支給約定があり、これは原被告間の雇用契約の内容となっていた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もっとも、成立に争いのない(証拠略)、証人吉田功一の証言によると、被告に昭和四五年七月から昭和五三年八月二三日まで在職し、退職時営業係長であった吉田功一が被告を退職した際、被告から原告主張の本件退職金支給約定に沿った計算方法で算出された退職金の支給を受けていたことが認められるけれども、他方、右証人吉田功一の証言によると、吉田功一と被告間には退職金の支給につき紛争があり、交渉の結果被告から吉田功一に対し右計算方法に基づく退職金が支給されたことが認められるから、これをもって原告の右主張の証左とすることはできないというべきである。

したがって、原告の被告に対する本件退職金支給約定に基づく退職金請求(主位的請求)は、その余について判断するまでもなく理由がない。

三  進んで請求原因3について検討する。

1  被告に本件退職金規定が存在すること、本件退職金規定によると、原告ら営業社員に対する退職金額は、退職前半年間の平均月収に勤続年数に対応する所定の支給率を乗じた金額であること、原告の勤続年数が九年二か月でこれに対応する支給率が七・二プラス一二分の二となることは当事者間に争いがない。そうすると、原告は、被告に対し、本件退職金規定に基づき、退職前半年間の平均月収に七・二プラス一二分の二の支給率を乗じた金額の退職金請求権を有することになる。

2  ところで、(証拠略)によると、被告において原告ら営業社員に対する毎月の給与は、基本給、インフレ手当、住宅・食事手当、ノルマ手当等の各種手当、売上歩合、奨励金で構成されていたことが認められるところ、原告は、右毎月の給与の額の月平均額をもって、本件退職金規定にいう退職半年前の平均月収であると主張するのに対し、被告は、これを争い、右毎月の給与のうちの基本給、売上歩合、奨励金の合計額の月平均額をもって右平均月収であると主張する。そこで検討するに、(人証略)によると、被告は、過去原告以外の営業社員に退職金を支給した際、その主張する解釈に従ってその営業社員の退職半年前の平均月収を計算し、これを右退職金算定の基礎としたことが認められるが、(証拠略)によると、本件退職金規定は、営業社員に対する退職金は退職半年前の賞与を除く平均月収に所定の支給率を乗じた金額とするとのみ規定していて、右平均月収が毎月の給与のうちの基本給、売上歩合、奨励金の合計額の月平均額とするとは何ら規定していないことが認められるから、労使間において他に取決めがある等の特段の事情がない限り、当該営業社員が退職半年前の間に被告から支給された諸手当を含む毎月の給与額の月平均額をもって本件退職金規定にいう退職半年前の平均月収と解するのが相当である。そして、右特段の事情は本件全証拠によるもこれを認めることはできない。そうすると、前認定のとおり、被告がかつてその主張する解釈に従って退職半年前の平均月収を計算しこれを基礎として退職金を支給したのは、本件退職金規定にいう退職半年前の平均月収の解釈を誤ったものといわなければならない。

3  そこで、右判示に基づき、原告の退職半年前の平均月収を計算するに、(証拠略)によると、原告の退職半年前の毎月の給与額は、昭和五六年九月分が四四万八〇〇一円、同年一〇月分が六七万八九九六円、同年一一月分が四〇万七六二三円、同年一二月分が五二万一五五〇円、昭和五七年一月分が三一万一三七〇円、同年二月分が二八万八四〇〇円であることが認められ(なお、前記一の当事者間に争いのない事実、〈証拠略〉及び弁論の趣旨によると、原告は、昭和五七年三月分給与の計算期間の途中である同月六日に被告を退職したため、原告の同月分給与額は従前の毎月の給与額を大幅に下回る一八万四七〇〇円しかないことが認められるから、これを原告の退職半年前の平均月収の計算の基礎に加えることは右平均月収を低額ならしめ原告の不利益となるので相当でないと解すべきであり、したがって、原告の右三月分給与は右平均月収の計算の基礎から除外する。)、また、(証拠略)によると、本件退職金規定上平均月収の計算の基礎となる毎月の給与額が五〇万円を超える場合には、これを五〇万円として計算するとされていることが認められるから、前認定のとおり、五〇万円を超える昭和五六年一〇月分及び一二月分の給与額を五〇万円に減額したうえ以上の各月の給与合計額を求めると、その金額は二四五万五三九四円であり、その月平均額は四〇万九二三二円となる。したがって、右月平均額が原告の退職半年前の平均月収となり、これに原告の前記支給率七・二プラス一二分の二を乗じると、原告の退職金額は三〇一万四六七六円となる。

四  最後に抗弁について検討する。

被告は、昭和五七年三月六日原告を懲戒解雇処分に付したから原告は退職金請求権を有しない旨主張する。そこで、まず被告が原告を懲戒解雇処分に付したか否かについて検討するに、被告代表者本人尋問の結果中には、誰が告げたか記憶にないが、原告が被告のところへ来た際懲戒解雇すると告げている旨の供述部分があり、証人林丘手の証言中には、同人が昭和五七年三月六日原告に対し解雇すると言った旨の供述部分が存するが、右各供述部分は、被告代表者本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)、原告本人尋問の結果と対比してたやすく措信できず、他に被告の右懲戒解雇の主張を認めるに足りる証拠はない。かえって、(証拠略)、証人林丘手の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五七年二月一三日ころ、被告の営業担当専務取締役である林丘手に対し、自己都合により同月二〇日をもって退職したい旨の退職願を提出したところ、林丘手から後任者への事務引継ぎを終えるまで退職時期を延期して欲しい旨の要請を受けたこと、そして、原告が右要請を受けいれたため、林丘手は右退職願を受理したこと、その後原告は、全得意先を回るなどして遅くとも同年三月五日には後任者への事務引継ぎを終えたこと、ところが、原告は、右同日被告に出社した際、林丘手から不正行為の有無を問い質されたうえ、明日から来なくてよい、処分の内容については追って通知する旨申し渡されたため、翌六日から被告に出社しなくなったこと、そして、原告は、同月一一日ころ、被告から内容証明郵便をもって同月六日付で諭旨解雇する旨の通知を受けたこと、以上の事実が認められ、右認定事実によると、原告と被告との間には昭和五七年二月一三日ころ原告が後任者への事務引継ぎを終了した時点で退職(雇用契約解約)する旨の合意が成立したものであり、原告が、同年三月五日に右事務引継ぎを終了し被告に出社した際被告から原告に対し解雇の意思表示がなされたものとはみられないから、原告は同日の経過をもって被告を退職するに至ったものというべきである(したがって、被告の原告に対する前認定の諭旨解雇の意思表示も、原告が退職後になされたものというほかないから、その点において既にその効力を生じるに由ないものといわざるを得ない。)

よって、原告を懲戒解雇処分に付したことを前提に原告の退職金請求権を否定する被告の抗弁はその余について判断するまでもなく失当であって採用することができない。

五  以上によると、被告は、原告に対し、本件退職金規定に基づき退職金三〇一万四六七六円を支払う義務がある。ところで、(証拠略)によると、本件退職金規定は、その第六条で退職金は退職の事務手続を完了した日から七日を目途として一か月以内に支給する旨規定していることが認められるから、特段の事情のない限り、本件退職金規定に基づく退職金支払債務は、退職日から一か月経過後にその支払期限が到来し、以後被告は右債務につき遅滞の責を負うものと解するのが相当である。そうすると、右特段の事情の認められない本件において、被告は、原告に対する前記退職金の支払債務につき、原告が被告を退職した昭和五七年三月六日から一か月を経過した同年四月六日から遅滞の責を負い、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二反訴請求関係

一  反訴請求原因1について

被告が原告らセールスマンの従業員に対し歩合給制度を採用していることは当事者間に争いがなく、この事実に、(証拠略)、証人林丘手の証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、(証拠判断略)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告が被告に在職していた昭和五五年、五六年当時における被告の原告に対する歩合給の支給基準は、売上げのあるリース機械の持台数が一か月一三一台以上で、かつ一台当りの一か月の平均売上額が最低一万三〇〇〇円以上ある場合には、右平均売上額に対応する別紙(二)記載のとおりの支給歩合率を一か月の売上合計額に乗じた額の歩合給を支給し、右持台数を欠く場合には一か月の売上合計額に一率一〇パーセントを乗じた額の歩合給を支給するとされていたこと

2  原告は、リース機械の持台数を一三一台以上に維持するため、被告に対し、(一)取引先「おふくろ」の経営者が昭和五五年一月に病気入院のうえ昭和五六年一月一六日死亡し、その間の昭和五五年四月以降閉店してリース機械を使用していなかったにもかかわらず、別紙(四)(略)記載のとおり売上げを申告入金し、(二)取引先「サワン」の経営者が昭和五五年九月にカラオケを購入し、被告との間のリース契約を解除しているにもかかわらず、別紙(四)記載のとおりの売上げを申告入金し、(三)取引先「マチ子」の経営者が昭和五五年一二月一五日以降閉店してリース機械を使用していなかったにもかかわらず、別紙(四)記載のとおり売上げを申告入金し、(四)取引先「ほり江」の経営者が昭和五五年四月以降病気入院してリース機械を使用していなかったにもかかわらず、別紙(四)記載のとおりの売上げを申告入金し、(五)取引先「静」の経営者が昭和五六年三月から昭和五七年五月初めまで帰郷のため閉店してリース機械を使用していなかったにもかかわらず、別紙(四)記載のとおりの売上げを申告入金したこと

3  その結果、原告は、別紙(三)歩合給一覧表記載のとおり、昭和五五年六月及び同年一一月から昭和五六年一二月までの間、被告から毎月同表申告持台数欄記載のとおり一三一台以上のリース機械の持台数があったものとして同表支給歩合額欄記載の歩合給の支給を受けたこと、しかし、右の間における原告の真実のリース機械の持台数は、同表実持台数欄記載のとおり右申告持台数から前記架空の売上申告にかかるリース機械の台数を控除した台数であり、この実持台数に対応する本来の歩合給の額は同表実歩合額欄記載のとおりであること、したがって、右の間毎月原告が被告から受給した歩合給と本来の歩合給との差額は同表減歩合額欄記載のとおりであって、その差額合計は二九八万五八四五円となること

右認定事実によると、原告は、リース機械の持台数を毎月一三一台以上に維持して被告から割増の歩合給の支給を受けるため、被告に対し、虚偽のリース機械の売上げを申告し、被告をして原告が毎月一三一台以上のリース機械の持台数を有するものと誤信させ、その結果被告から歩合給二九八万五八四五円を騙取したもの、すなわち不正に右歩合給を受給したものと認めるのが相当である。

これに対し、原告は、被告においては、セールスマンがリース機械の持台数を維持するため、自らの費用を休業している店舗のリース機械の売上げとして被告に申告入金する方法が慣行として黙認されていたばかりか積極的に慫慂されていたものであるから、右申告入金方法をもって歩合給の不正受給とは評し得ない旨主張し、証人吉田功一の証言、原告本人尋問の結果によると、被告においては、原告以外のセールスマンの中にも原告主張の右申告入金方法を行っている者がいたことが窺われるけれども、証人林丘手の証言、被告代表者本人尋問の結果によると、被告が右申告入金方法を慣行として黙認していたとか積極的に慫慂していたとは認められない(右証人吉田功一の証言、原告本人尋問の結果中これに反する供述部分は措信できない。ちなみに右証人吉田功一自身も、同証人が営業係長として被告に在職していた当時、セールスマンが右申告入金方法を行ったことが発覚した場合には、そのセールスマンに対し、次回から右申告入金方法を行わないよう注意していた旨証言している。)から、原告以外のセールスマンの中にも右申告入金方法を行っていた者がいたことをもって前記認定の妨げとすることはできない。

二  反訴請求原因2について

(証拠略)によると、別紙(五)(略)記載のとおり、被告は、原告に対し、昭和五五年一二月から昭和五六年五月までの原告の毎月の基本給、インフレ手当、売上歩合、奨励金ないしノルマ手当の合計額の月平均金額を五四万四〇〇〇円としてその七〇パーセントである三八万〇八〇〇円を夏期賞与として同年六月一二日支給し、同年六月から同年一一月までの毎月の基本給、インフレ手当、売上歩合、奨励金の合計額の月平均金額を四八万一〇〇〇円としてその七五パーセントである三六万〇八〇〇円を冬季賞与として同年一二月一五日支給したことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、前認定のとおり原告は被告から右各賞与の算定期間中右算定の基礎となった売上歩合の一部を不正に受給しているから、その結果右各賞与についても被告からその一部を不正に受給したものというほかはない。

そこで、原告が不正に受給した賞与の額を算定すると、別紙(五)記載のとおり、右各賞与の算定期間中原告が被告から支給を受けた歩合給から前記一認定の不正に受給した歩合給を各控除して賞与算定の基礎となる月平均金額を計算しなおすと、夏季分が三三万二一六七円、冬季分が三〇万七九〇六円となるから、原告に本来支給さるべき賞与の金額は同表「実賞与額」欄記載のとおり夏季分が二三万二五一七円、冬季分が二三万九三〇円となり、その合計額と原告が被告から現に支給を受けた前認定の賞与の合計額との差額は同表「減賞与額」欄記載のとおり二七万八一五三円となる。したがって、原告は被告から右二七万八一五三円の賞与を不正に受給したものというべきである。

三  反訴請求原因3について

被告は、原告が被告の取引先「おとし」から売上金一万七八〇〇円、「サワン」から売上金三万七六〇〇円を集金しているのに被告に入金せず着服横領した旨主張し、証人林丘手の証言により真正に成立したものと認められる(証拠略)、証人林丘手の証言中には右主張に沿う記載及び供述部分が存するが、右記載及び供述部分は、売上伝票、領収証等の客観的な裏付けを欠くから直ちに措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の右主張は採用しない。

四  以上によると、原告は被告から歩合給及び賞与合計三二六万三九九八円を不正に受給し、被告に同額の損害を与えたものというべきであるから、被告にこれを賠償する義務がある。

第三結論

以上のとおりとすると、原告の本訴請求は、退職金三〇一万四六七六円及びこれに対する昭和五七年四月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告の反訴請求は、損害金三二六万三九九八円及びこれに対する不法行為後の昭和五七年三月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水谷博之)

別紙(一) 退職金支給基準

退職前6か月の平均給与月額×(勤続年数-1+0.2)=(A)

(A)×勤続余剰月数÷勤続月数=(B)

(A)+(B)-20万円=支給退職金

別紙(二) 支給歩合率表

〈省略〉

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